広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

コラム   

第9回 「空想のすゝめ」
 
亀田 成司
 
 >> 教員紹介ページ

 私は空想が好きです。妄想ではなく。

 私が高校時代によく空想していたことは、人が鳥のように羽ばたいて空を飛ぶことです。半分は受験生の現実逃避でしたが、制御系の大学に進学して、現在、生物を真似た集積回路の研究をしていることと(多分)無関係ではないです。この羽ばたき飛行機はオーニソプター(Ornithopter)と呼ばれ、レオナルド・ダ・ヴィンチのデザイン画で有名なように古くから研究されています。最近ではラジコン玩具も販売されており本当に楽しい時代になりました。しかし、人類は未だ人の輸送手段としての羽ばたき飛行機の開発には成功していません。羽ばたきは空を飛ぶために必要な揚力と推力を同時に発生しますが力の伝達効率が悪く、結局人類はグライダーのような静止翼による揚力とプロペラやジェットエンジンによる推力とを分離することで飛行能力を獲得できました。人が羽ばたきで飛行できない理由は結局のところ重さです。実際、地球上で最大の翼を持つワタリアホウドリで体重は精々6.3~11.3kg、この体重を飛行させるのに必要な翼開長が2.5~3.5mです。このサイズになるとグライダーのように一旦飛び立てば翼を動かす必要は殆どありませんが、問題は離陸です。テレビでアホウドリの離陸の映像を見たことがありますが、あまりの必死さに不覚にも笑ってしまいました。それだけアホウドリの離陸は大変ということです。つまり、アホウドリのサイズが地球上で羽ばたいて飛行する生物の進化の限界だとも言えます。

 しかし我々はアホウドリよりも大きな飛行生物が地球上に存在していたことを知っています。プテラノドンでお馴染みの翼竜です。中生代白亜紀後期に生息していたと考えられるプテラノドンは翼開長が7~8mあり、体重は15~20kgと推定されています。冷静に考えると、これほど大きな生物が中生代の空を飛んでいたとは俄かに信じられません。グライダーのように翼を殆ど動かさずに飛んでいたというのが定説ですが、既に述べたように問題は離陸です。小高い丘を駆け下りればグライダーのように飛び立つことも出来そうですが、運悪く上昇気流を捉えられず平地に着陸してしまうと最悪です。短い脚で再び丘に登らねばなりません。第一、飛べない翼竜なんて肉食恐竜の格好の餌食です。また、木に登って飛び立つのも翼開長を考えると難しい気がします。そもそも、恐竜という巨大な生物が動き回っていたことさえ怪しく思えてきます。2007年にアルゼンチンで見つかった最大級の恐竜であるフタログンコサウルスは全長32~34m、高さ13m、体重70tと推定されています。一方、現在の地球上の最大の陸棲動物はアフリカゾウで体長(鼻長込みで)6~7.5m、肩高2~4m、体重5~7tです。相似形での単純な計算をすると、体重は体積に比例するので、体長の増加の3乗で増加します。一方、それを支える骨格の強度は断面積に比例するものの長さには反比例し体長の増加とほぼ同じ増加です。筋力は筋繊維の太さに比例するとして体長の増加の2乗で増加します[*1]。つまり、傾向として、体長が増加する程、体重を支える骨格と筋力に無理が出てきます。とはいえ、恐竜は間違いなく存在します。ここに大きな矛盾を感じます。

  恐竜は存在するが巨大な体重は支えられないとすると、実は恐竜は重く無かったという考えに辿り着きます。一見矛盾しますが、重さは質量と重力の積、中生代の重力が現在よりも小さいならば成り立ちます。つまり、


「パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない」byマリー・アントワネット[*2]、

「光の速度が一定なら時間を変えればいいじゃない」byアルベルト・アインシュタイン、

「恐竜が重いのが問題なら重力を変えればいいじゃない」byセイジ・カメダ。


要するに発想の転換です。重力は引力と遠心力で決定。引力は2物体の質量に比例し、その間隔の2乗に反比例。地球の質量変動は多少の隕石衝突ぐらいでは殆ど影響しないので却下。地球の体積変動も地球の組成が現在と同じだとすると考えにくい。つまり、引力は殆ど変動しないと考えるべき。遠心力は物体の質量、回転中心からの距離、角速度の2乗に比例。前述の通り地球の半径は殆ど変わらないとすると、残るのは角速度の変動。つまり、地球は現在よりも速く自転していたという考えに辿り着きます。現在の地球では遠心力は殆ど無視できます。赤道直下での遠心力を地球の赤道半径6378km、自転周期23.9345時間で計算すると重力の約1/289です。そこで、赤道直下での重力を半分にする自転角速度を計算すると現在の約12倍になります。約15倍で約1/5の重力、約17倍になると無重力状態になります。重力1/5の世界では1日が約1時間34分です。1日が1分とか1秒だと生物が生きていく環境として想像し難いですが、昼夜それぞれ1時間弱なら許容範囲な気がします(あくまで主観的にですが)。重さが1/5程度なら、翼竜が羽ばたきで離陸することも、大型恐竜が動き回ることも、無理なく説明できそうです。また、1日が短ければ昼夜の温度差が殆ど無くなり、変温動物である爬虫類が恐竜として繁栄できたことも説明できそうです。

 このように、鳥のように空を飛ぶという空想から論理的に推論を重ねることで、地球の重力が中生代では小さかったという世の中の定説とは全く違う仮説が導けます。こんなことを考えているのは私ぐらいかと思っていたら他にもいるようです[*3]。嬉しいような、残念なような複雑な気分ですが、こういう話は世の中に沢山眠っている筈です。現在の常識が100年後の常識とは限りません。たった、ガリレオ没後368年、ニュートン没後283年、恐竜発見約190年前、飛行機発明107年前、ENIAC開発64年前[*4]、アインシュタイン没後55年です。もちろん、証明することは非常に難しいです。重力変動により大気圧も変動しますし、緯度によって重力が異なるという現象も起きます。自転周期がなぜ変動したのかも疑問です。他にも疑問点は増えていきます。これには、古生物学だけでなく、物理学、天文学、地質学など異分野を横断する研究、それに人や時間や費用も必要です。そもそも、間違いを証明してしまう可能性の方が多分にあるわけで、全てが水泡と帰すリスクを背負う覚悟と成し遂げる信念が必要です。これは、大小の違いはあれども、まさに大学の研究と同じです。でも、空想だけならノーリスク、何より無料です。ちょっと空想の翼を広げるだけで簡単に全く違う世界に飛び立つことが出来ます。1時間弱で昼夜が逆転する1/5の重力の世界、想像するだけで楽しくなりませんか。

 私は空想をお奨めします。妄想はほどほどに。

(2010/08/30)


*1:正確には筋繊維の断面積と共に長さも変わります。長さとの関係は骨強度と傾向は同様ですが単純ではなさそうなので、多めに見積もって断面積との関係のみを考えています。

*2:本当は言っていない、意図が違うなど諸説あるようです。

*3:権藤正勝「恐竜巨大化の謎と重力増大」学習研究社(2004.12)。私の議論をほぼ網羅し、恐竜絶滅も重力変動に絡めて論理的に詳しく説明しています。現在でも異端の説のようですが。

*4:ペンシルバニア大学で開発された世界初のコンピュータ。世界初には異説あり。


 
             大空に頑張って飛び立つプテラノドン
 

PAGE TOP
広島大学RNBSもみじHiSIM Research Center