広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

コラム   

 

第176回 スウェディッシュブルー

  
黒木 伸一郎

教授

ナノデバイス・バイオ融合科学研究所

 

 

 この数年で、特に興味をもっているものが、製鉄である。特に、中国地方ならではというところで、たたら製鉄である。当方、一番古い趣味は天体観測と日頃言っているが、実はもっと古いのが考古学、というより土器探しで、実家のある九州宮崎では、掘ると意外にでてくる。いいのが出てくると、ご近所の埋蔵文化財センターに持ち込んで学芸員の方にいろいろお話しを伺うという小学生だった。週何度もセンターに通うので、学芸員の方とも仲良くなって、バックヤードでいろいろ見せてもらうのだが、水晶でできたキラキラした矢尻にワクワクしたり、年代ごとの土器の土の質の違いに唸ったりした。古い鉄はその延長にあったと思うが、錆びをまとったその鉄に、遠い時間の流れへのあこがれを感じたものである。

 2012年に広島大学に教員として着任して、子供を連れて出かける機会も増えた。夏は海である。そういうわけで、日本海側・島根に遊びに行ったりするわけであるが、浜辺でともかく驚いた。波打ち際が真っ黒なのである。真っ黒いのは、砂鉄である。島根県の方には普通なのかもしれないが、太平洋の海の近くに育った身では、とても驚いたわけである。子供と波打ち際の砂鉄を沢山集めて持ち帰った。砂鉄は多量に砂を含んでいたが、乾燥させた後、子供たちがペットボトルと磁石でせっせと“精製”してくれた。得られたのはキラキラした真っ黒な砂鉄である。こうなると古代の鉄へのあこがれとあいまって、砂鉄を鋼にしてみたくなる。

 いかに鋼にするか、子供たちとも随分議論したわけであるが、大学宿舎を住まいとする身、さすがに宿舎で製鉄をするわけにもいかず、難しいなと思っていた。そんなとき、子供たちが小学校から国営備北丘陵公園の行事案内をもらってきた。その案内に公園内の古代たたら工房で、たたら製鉄をするという。しかも日刀保たたらの木原明村下の指導のもの行うとのこと。これは素晴らしい!行かなくてはと参加した(正確にはこのたたら鉄つくりを知った年は、ストックホルムに長期滞在予定で泣く泣く見送り、その次の年に参加した)。

 たたら鉄つくりは、早朝から開始し、真砂土と粘土を混ぜ合わしブロックを作りから始め、築炉、炉を乾燥させつつ、すみ割り、深夜1時ころに火入れ式を行い、砂鉄を計量し、初種式、それからは時間をみつつ、火の色をみながら砂鉄と炭を交互に入れ続け、途中ノロ出しをしながら操業を行い、最後は炉をくずし、鉧(けら)だしして終了。まるまる2日間(ほぼ徹夜)の鉄つくりでした(実際のたたら製鉄では3日3晩)。鉧の部分部分にみえる玉鋼の金属色をみた感動というのはなんともいえないものでした。参加2年目となる昨年は、恐れながらも村下代理を拝命し、最初から最後まで炉をみさせて頂いたが、鉧だし後に、木原村下からそっと言葉を頂きました。この言葉は宝ものです。

 さて、前回研究打合せ&測定でストックホルムに行っていたときのこと。休日にいきつけの化石鉱物屋さんで、木棚を漁っていたところ、ある引出しに、ガラス状の青色の塊がごっそり。とてもきれいなのですが、自然の岩石にはみえない。お店のお姉さんに、これは何と聞くと、スラグ(鉱滓)だよという。スラグ?なんの?ということで聞くと、製鉄をするときにでるスラグとのこと。一緒に行っていた下の子(同じく玉鋼に夢中な女の子)と、Wowと大はしゃぎで喜んでしまいました。日本の鉄(たたら製鉄)のスラグというと、ノロ出しして出てきたものは、冷えると黒いわけですが、スウェーデンではどうも青いわけです。お姉さん曰く、Dalarnaの郊外の森を歩いていると、見つかるとのこと。手に取ったのは17-18世紀のものかなとのことでした。スウェディシュブルーと呼ばれる石(スラグ)との出会いでした。

 スウェーデンは北の町キルナの鉄鉱山はよく知られていますが、その昔は湖沼で鉄鉱石を採取したようです。湖底から湧き出る地下水に鉄分が含まれていて、これが寒い湖沼で冷却され酸化鉄が析出し、これが集まりコイン状の酸化鉄の塊が湖底にできるとのこと。そのまた昔、9世紀ころのバイキングの人たちはそんな鉄でもって、鉄製の武器を作ったわけです。スウェーデンでは古くはこの湖沼鉄鉱石を用いて製鉄を行ったわけですが、不純物は日本とはだいぶ違うため、結果スラグはガラス状で色もちがうのかと思います。でもスラグがこんなきれいな色になるのはいいなと思ってしまいます。

バイキングの人たちの生活の中心に、製鉄と鍛冶屋さんがあったようですが、スウェーデンの方は、技術で生きるという明確なスピリットを持たれている方が多いようにも感じていますが、もしかするとこんなところにその起源があるのかもしれないと勝手に思ったりしています。スウェーデンの先生方とは、シリコンカーバイド半導体での極限環境用集積回路・センサの研究開発を一緒に進めさせて頂いておりますが、別の観点で、スウェーデンと日本をつなぐ製鉄の極めて個人的なお話しでした。とりとめもないものですが、もっと深く知りたいなと思っているこの頃です。

 

けふもまた こころの鉦を 打ち鳴らし 打ち鳴らしつつ あくがれて行く 若山牧水

 


              たたら鉄つくりの様子           スウェディッシュブルーと砂鉄(島根産)

  

 
 

 

 

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