広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

コラム   

第56回 「懐かしいメール」
 
石川智弘


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 「N大学のKと申します。突然のメール、お許しください・・・」

 私は、PCの前で文字通り飛び上がった。K先生、いやK君と私は、中学校で共に科学部に入っていた。一年先に卒業した私は、彼が中学卒業とともにご家族で引っ越していったことを人づてに遅れて知った。以来、四半世紀は経っている。よくぞ見つけて声をかけていただいた・・・。

 ヨウ素デンプン反応という化学反応があり、デンプンに褐色のヨウ素ヨウ化カリウム水溶液を加えると濃い青色を呈する。比較的安全な試薬を使い、鋭敏でわかりやすい呈色反応なためか、当時は確か小学4年生の理科で扱われていた。だから中学生の部活でも実験はできたのだが、ある日、誰かが反応後の青い溶液を流しに流し、後から別の誰かがレモン汁を捨てたところ、あれほど濃かった青色がきれいさっぱり消えてしまう、という「事件」がおこった。(その場に私はいなかった。)

 早速、部員に招集がかかった。「レモン○○個分のビタミンC」というCMを目にしていた中学生たちは、単純にも「これではないか」と考えた。1) 部活動に回せる予算などいくらもなかったであろうと思うのだが、顧問のS先生のご裁量で程なく薬品棚にL-アスコルビン酸(つまりビタミンC)が並んだ。

 幸いにもこの「予想」は当たった。ビタミンCの水溶液を作り注射器で滴下してみると2倍に薄めれば2倍、10倍に薄めたら10倍滴下したところで青色が消える。さらに、よほどの希薄溶液なら別だが、徐々に薄まって消えるのではなく「一定量が入ると色が消失する」という様子に一同色めきたった。「これはビタミンCの含有量を調べるのに使えるのではないか。」

 K君も私も他のみんなも、すっかりこのテーマに没頭した。野菜や果物をあれこれ持ってきて、すりおろして、濾過して滴定する。再現性確保のためにネジで注射器を押すようにすると1mLは誰がやっても大体200滴、±3%くらいに収まるようになった。「試料」(という名の果汁)の鮮度が大事で、時間とともに熱や直射日光、特に酸素でダメになっていくことがわかった。

 そんな中、ある日「大根に大量のビタミンCが含まれるらしい。」という結果が出た。「いくらなんでもそれはないんじゃないの?」というのが偽らざる感想だったが、滴下してみると、実際わずかな量の大根の絞り汁で青色は消えてしまう。S先生から「大根に入っている他の成分を考えよ。」というヒントをいただいた。しかし、他の実験は食品成分表などと見比べてもおおむねうまくいっている。あるとすれば「大根特有」ということになるが、そんなものがあるのだろうか・・・あった。ジアスターゼ、デンプンを分解する酵素である。2)

 再び決裁を仰ぎ、今度はジアスターゼ末を買っていただいた。水溶液を作って滴下すると、やはり青色は消えてしまった。一同がっくり、である。しかし、S先生にさらにヒントをいただいた。氷温に冷やして滴下すると酵素の活動が止まるため、色は消えない。それまで試した果物、野菜をもう一度氷温下で滴定しなおしたが、明確な違いが出たのは大根だけだった。3)

 後から考えると、ビタミンCの還元性がヨウ素の働きを封じるのに対し、ジアスターゼがデンプンを分解しても結果が同じくなること、酵素反応が意外に早いことなど、この一連のできごとには随所に「実験の妙味」があった。再現性、有効桁数、リファレンスを取る、といったことを(そういう言葉でこそなかったが)体験できたことは幸せであった。

 K先生のメールは続く。「科学部での体験は、今の仕事を目指す大きなきっかけだったと感謝しかありません。」私もまたS先生への感謝の念を新たにした。

 私自身は加えて後年、大学の恩師(当コラム第39回参照)に次のような指導をいただいた。「感度の高いセンサというものは、得てして何に対しても高感度だから厄介だ。本当に狙ったものを検出しているか、気をつけなければいけない。」

 現在の研究テーマとして、半導体を用いた免疫センサに取り組んでいるが「対象となる抗原にしか反応しない」という免疫反応ならではの特異性に強い魅力を感じたのは、上記のような体験と指導があったため、と思っている。

 企業勤めから移って5年、広島大学での仕事を2012年3月で終えることとなった。幸い場所を得て次も大学での勤務となる。中学では一年後輩だったK先生は、いまや大学教員として大先輩である。私も自分の分野で力を尽くそうと思う。
 K先生、メールありがとうございました。

1) 日本食品標準成分表によれば、レモンのビタミンCは可食部100gあたり100mg。一方食品番号表では、レモン1個約120gとされている。しかし、果汁にすると収率30%、加えてビタミンCは可食部100gあたり50mgとなってしまうため、1個あたり20mgとしているそうである。
2) なんと「吾輩は猫である」夏目漱石(1905年)にもその旨、記述がある。
3) なお、大根の名誉(?)のため申し添えると、大根にも相応量のビタミンC(可食部100gあたり12mg:同じく日本食品標準成分表)が含まれている。


(2012/3/28)



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