広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

コラム   

第63回 「水飴の誘惑」
 
天川 修平


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大型加速器による綿密な実験の結果、「ヒグズ粒子」なるものの存在が確実にな ったとかで、一般向けのニュースでも盛んに報道されていた。 ヒグズ粒子というのは物の質量の起源なのだという。 2012年7月19日の日経新聞朝刊で、日本科学未来館が開いた解説講座での一コマ が紹介されていた。

職員 [中略] が、ヒッグス粒子で満たされた空間を海になぞらえて「水中で 感じる抵抗が質量に当たる」と解説。 [中略] 理系の大学生 [中略] は「ヒッグス粒子によってなぜ質量が生じるのか 理由が分からなかった。水に例えた説明は分かりやすく、理解できた」と笑顔で 話した。

このような流体を使ったたとえ話が、非専門家向けの標準的な説明になっている ようである。 私には難しい物理はわからないが、これに関する学習院大学の 田崎晴明氏のコメント には共感した。 手短かにいえば、田崎氏はこの一般向けの「水飴理論」をミスリーディングなも のとして批判している。 そしてさらに、そのような批判をすると返ってくる「じゃあどう理解すればいい んだ?」という反応が、直感的にわかりやすい説明が当然存在するはずだという 前提に立っていることを指摘し、その前提に疑問を呈する。

確かに、単純なたとえ話ですぐには理解しえない類のことが存在したって不思議 はないし、実際に存在する!

疑問や謎、そして困難は好奇心・探究心を刺激する。 容易には理解できないということ自体が、それを勉強・研究しようという 最も強力な原動力にもなりうるわけだ。 ところが、理解できてしまったとたん(それが誤解であったとしても!)、興味 は失われてしまう。 研究というのはわからないから、 あるいは簡単にはできないからこそやるのであって、 すぐできることは研究の対象にはならない。

わかりやすさには抗しがたい。 仕事上、論文やプレゼンの評価を求められることがある。 わかったような気にさせてくれる論文やプレゼンには、つい、 いい印象を持ってしまいがちなのだが、よくよく考えてみると、自分に求められ ているのは「わかりやすいかどうか」の判断(だけ)ではないはずだ。 だいたい、わかりやすいか否かなんてことは専門家でなくてもわかる。 一応専門家として意見を求められているからには、専門家ならでは見抜けぬこと を見抜き、 光る仕事を掬い上げることを期待されているはずなのだ。 気を付けねば・・。 不案内な分野のことでも、単純でわかりやすすぎる話には用心してかからねばな るまい。 世の中の問題は、専門家が必死に取り組んでもなかなかどうにもならないものが 多い。 すぐ理解できたつもりにさせてくれるとしたら、たぶんどこかおかしい。

水飴を差し出す誘惑にはさらに抗しがたい。 高度なことをわかりやすく説明するのは難しいから、 それを考える努力をせず、たとえ話で済ませてしまったほうが楽だ。 そして別の問題もある。 加速器ほどでなくともお金のかかる物が欲しければ、きっと、少なくとも水飴く らいは 献上しなければならない。 大臣の視察に備えて「中学生レベル」の説明を用意するよう、役所が視察先に要 請していたなんて もあったが、 これは要請の有無にかかわらず、しばしば必要になる。 質量はさておき、水飴の起源はこのあたりにあるのかもしれない。

だが、アサダーメ水飴は大臣とお偉方、そして一部の大人のための薬。 科学技術のプロを志すかもしれない者に安易に処方するのはまずい。 もし、妙なたとえ話で「理解」してしまったせいで、好奇心に駆り立てられて探 求する道を選ぶ者が減ってしまったとしたら、なんという損失だろう。 また、たとえ研究をやり始めたとしても、 誤解が前進の足枷になってしまったとしたらどうだろう。 水飴の用法・用量が守られず、薬害が発生しているとしたら困ったことだ。 高度な科学技術を理解し駆使することに憧れる若い者に水飴を与えたり、 自ら水飴をよこせと要求したりするのは慎むようにしたい。 そして、高度な内容を安直なたとえ話にすり替えて誤魔化すことなく、 わかりやすく説明できるプロを目指したい。 よしんば水飴を処方せざるをえないとしても、 その限界を明示しておいたら、 水飴を超えた世界を目指すべきモチベーションに結びつくだろうか。

クイズ

電池につながれていて直流電流の流れている半導体を考える。 電界の向きは右向きとしておく。

電子が欠けている「穴」であるところのホール(正孔)の動きを説明するたとえ 話として教科書によく登場するのが「あぶくモデル」である。 お風呂の中でおならをすると、水分子に働く引力とは逆の上に上がっていく。 同様に、「あぶく」であるホールは電子に働く静電気力(左向き)とは逆の右向 きに動く、 というわけだ。

このあぶくモデルでは、あぶくの右隣の電子以外はすべて静止していることにな っている。 しかし、静電気力はすべての電子に作用しているし、電子の流れは風呂桶の底に せき止められてもいない。なぜ静止しているのか? これはたとえ話として適切なんだろうか?

さて、初等固体物理を真面目に勉強して、ホールについて正しく理解しよう。 「あぶくモデル」と対応はつくだろうか? 「あぶくモデル」よりもましなたとえ話はあるだろうか?

(授業ではこの続きも少し話しています。)

おまけのクイズ

無重力の国際宇宙ステーションであぶくの実験をすることにした。 パイプとポンプで、水が時計回りに巡るようなループを組む。 水で満たされたパイプに注射器であぶくを入れる。 さて、あぶくの動く向きは?

(2012/7/24)




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