広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

第108回 「私淑」
 
天川 修平
准教授
極微細デバイス工学研究室


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Twitterがきっかけで,たまたま十数年前のことを思い出した.

1999年,イギリスのケンブリッジに住んでいた時のことだ.年末近くだったか本屋に行ったら本の安売りをしていた.日本の書店だと値引きは一切ないから新鮮な感じがして,何冊か本を購入してしまった.そのうち一冊がB先生の本だった.ただ,安くなっている本を買うこと自体を目的として買ったようなもんだったから,「どうせ積ん読だけだな」と思いつつの買い物だったかもしれない.

さて,クリスマス.当時,僕はコレッジ(College)に住んでいたが,いつもいる守衛さん(Porter)たちですら休みを取って一種の非常体 制で臨むというアナウンスがあった(毎年のことだろうが).そしてみんな休暇で去ってしまい,本当に誰もいなくなった.店も閉まっている.退屈で退屈でど うしようもなくなって,僕は仕方なくあの本を手に取って読み始めた.こんなに早く実際に読むことになろうとは,と半ば驚きながら.

Interpreting the Quantum World.  日本では敬遠されそうなタイトルだ.正直言って,読んでも理解できないのではないかと思っていた.ところが,読むのはかなり骨が折れたものの,それなり に理解できた.このような難しいことを,ちゃんとわかるように説明してあることに驚き,興奮した.この本は一文一文がかなり長い.これはダラダラとだらし なく書いてあるからではなく,誤解の余地がないように注意深く書かれているからだ.だから,読もうと思ったら文構造を正確に見抜ける英語力は必須だが,き ちんと読み解ければかなりクリアに書かれていることがわかる.巻末に付録として量子力学のおさらいが簡潔にまとめてあるのもよかった.著者は,かのDavid Bohmの弟子.学生時代から一貫してこの種の基礎的な問題に取り組んできているとのこと.文章からは,孤独な研究者との印象を受けた.

さて,ひょんなことから,エディンバラで開催された量子情報関係のサマースクールみたいなのに参加したのは,翌2000年のことだったろうか.この 分野にたいして興味のない者まで含めてかなりの人数で出かけて行った.出発した日は冬時間と夏時間が切り替わる日だったから,おそらく春だったのだろう. スコットランドに行くのは初めて.列車の中で大きな声でおしゃべりしてるおねえさん達がいた.発音からスペイン人かなと思っていたが,それにしてはやたら と英単語が混じる.はっと気付いてそばにいた友人(イングランド人)に尋ねた.「あれってひょっとしてスコットランドなまり?」「ああそうだよ.」

スクール会場で,B先生も受講者として参加していることに気が付いた.僕はたまたま例の本を持ってきていた.量子力学なんて普段使わないから,付録 がおさらいに便利だと思って持って行ったんだと思う.ある朝,僕は食堂でB先生に話しかけ,本にサインを頼んだ.B先生は照れながらサインしてくれた.僕 が本の内容に少し言及した以外,B先生とどんな話をしたかよく覚えていないが,量子情報について勉強中だと聞いた気がする.この時点でB先生は(その著書 も)量子情報的な考え方(epistemic view of quantum mechanics)を支持する立場ではなかった.

このスクールでは,F博士という講師がかなり存在感を示していた.大変な切れ者で,話しぶりは挑発的で少々生意気(失礼!).他の一部の講師をいさ さか困惑させていたような気もした.いつからか,F博士とB先生との間で,空き時間等にかなりの議論が戦わされていたようだった.議論の中心には二人がい て,そこに何人かが一緒に加わっているような感じだった.

この頃のF博士らとの議論がきっかけとなって,B先生はその後がらりと自説を変えて「改宗」することになる.長年に渡って自ら取り組んできた(あの本に書いてある)アプローチに対して「幻滅した(disillusioned)」 とまで言い切っている.これには本当に驚いた.エディンバラ行きより後のことだが,僕はB先生のもともとの考え方(ontic view)は,分が悪いと思うようになっていた(だからといって,あの本は今もって価値を失っていないが).だから,改宗すること自体は合理的に思えた が,それにしても何十年にも渡る自分の立場をなげうって,本当に方針転換してしまうとは!これは誰にでもできることではない.周りも驚いたことと思うが, 自説に固執せず真理を追究しようとする姿勢は,感動と共感を呼んだに違いない.以前は孤独そうな印象を受けたが,2003年に は立場の違いを超えて多くの研究者に囲まれ,敬愛されていると感じた.これも自説をなげうって君子豹変をしてみせたからこそだろう.僕はあの本を読んだ時 からすでにB先生を尊敬していたが,この大転換でB先生はさらに特別な存在となった.実は個人的には,大転換後のB先生とも(当時)細かいところで少々違 う意見を持っていたが,それはたいしたことではない.僕は必ずしもB先生の学説の信奉者ではない.

エディンバラでは,B先生の宗旨替えのきっかけとなったF博士の発言を耳にしたような気がするのだが,大転換の成果といえる論文に, エディンバラでのスクールに関する言及はない.ということは,あれは僕の頭の中で作られた記憶なのだろうか?よくわからない.それはさておき,このF博士 の挑発(あるいは憶測)は実にエキサイティングで,B先生が思わず引き込まれたのも無理はないとすら思われた.専門的になるので,ここでは具体的内容には 触れないが,これぞ科学を考える醍醐味といえるほど鮮やかな気付きを与えてくれた.そしてB先生が開眼して論文を出してくるに至る展開は,なんとも劇的 だった.



さて,上に紹介した本にしろ論文にしろ,(僕も含めて)非専門家には読むのがなかなか難しい.そこで最後に物理と情報に関係して,一般の人でも(文系でも高校生でも)楽しく読めて科学する興奮が味わえる本を挙げておく.
  • ウィリアム・パウンドストーン,『ライフゲイムの宇宙』,日本評論社
  • 矢野和男,『データの見えざる手』,草思社
これらの文献に興奮させられたのは,何か大きな謎を解明してくれたからではない.むしろ,まだ知らない世界への入口がそこにあることを示してくれた からだ.科学の魅力と興奮とはそういうものだ.逆に,何かを完全に理解できてしまうと,得てして興味は失われてしまう.そして,このような未知の世界に自 ら足を踏み入れ理解を深め,またその成果を駆使できることこそ,我々科学者・工学者の特権なのだ.


 

(2014/12/17)


 

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