広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

コラム   

第116回 「研究成果を引き継ぐもの」
 
藤島 実
教授
先端集積システム工学研究室


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 40億年前地球上に生命の起源が誕生してから,様々な絶滅や進化の歴史を経て今の生命系が形作られました.その中で,前の世代の遺伝子を引き継ぎ後の世代に遺伝子を引き継ぐという生命の基本的な営みに長けていた種が長い時を生き延びてきました.すなわち,遺伝子をバトンタッチする能力は長い年月を生き延びるためにはもっとも大事な能力と考えられます.
  一方で,学問でも生命のリレーと同じような状況を考えることができます.すなわち,学問は,前の世代から知識を引き継ぎ,状況に合わせて付加価値をつけ次の世代に引き継ぐことが求められる機能のひとつです.なぜ人は勉強するのでしょうか.この答えがすぐにわからない哲学的命題に対する答えのひとつは,生きるために必要な知恵を前の世代から引き継ぎ,自分と次の世代が生きるためではないかと思います.もし勉強が,自分あるいは今生きている世代のためであり,次の世代に引き継ぐことを主たる目的としなかったなら,人が生き延び,今の世の中がここまで発達することはなかったろうと思います.
  工学では,喫緊の課題を解決するソリューション型の研究が期待されるようになってきました.しかし,研究スタイルは,前の世代から知恵を引き継ぎ,次の世代へと引き継いでいくリレー型でとらえることも重要です.歴史の中で自分の仕事が位置づけられるには,継承し自分が付け加えた知恵を受け取る人を意識しなければなりません.遺伝子の淘汰の過程と同様,研究分野も風雪に耐えられるかの歴史の審判にさらされています.つまり,心血を注いだ研究といえども受け取る人がいなければ淘汰されるという厳しい現実があります.ある分野が成熟する過程で研究スタイルが世の中のニーズに合わなくなり,そのままの形で知恵を受け取る必要がなくなることもしばしば起こります.しかし,研究成果を抽象化してその本質を普遍的に説明できれば,当初想定していなかった分野でその知恵が生き続ける可能性があります.つまり,研究成果が後の世代で生き残ることを願うならば,当初想定していなかった専門外の技術の継承者を想定することも必要です.同業の専門家が技術を引き継ぐという暗黙の前提から離れて,その知恵を普遍化しさまざまな分野に応用可能にできれば,自分の世代で技術が消滅することを避けられるかもしれません.
  私たちが生きている今の社会の豊かさは,我々よりも前の時代の知恵の結集です.今は豊かさの追求よりも,この世界を持続可能にすることが大きな課題と言われています.環境問題,資源問題などさまざまな課題に英知をつぎ込むことが求められています.このような新しい課題は,今の自分たちのための課題として位置づけるだけでなく,次の世代にその英知を引き継ぎ,長い時間をかけて解決すべき課題として取り組むべき研究と考えることもできるのではないでしょうか.その中で,少しでも次の世代に貢献できるように,具体的な研究課題に取り組みながらも研究成果の本質を探究する意識を持ち続けたいと思います.

 

(2015/05/14)



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