広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

コラム   

第51回 「LSIプロセスにおける直接窒化事始」
 
伊藤 隆司

客員教授

ナノデバイス・バイオ融合科学研究所
 
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 LSIは今日の情報化社会を支える基本デバイスであり,社会のあらゆる分野に浸透しています.振り返ってみると,企業・大学を通じて35年の間一貫して発展期にあったシリコンLSIの研究・開発に関わってこられたのは大変幸いでした.1昨年からは、当研究所でLSIの3次元化の基礎研究に携わっています。
 筆者が企業研究所に入社した1974年はムーアの法則の発表からほぼ10年たち,それが現実味を帯びてきたころであり,IBMのDennardがスケーリング則を発表したのもこの年でした。シリコンLSIの驚異的な発展を可能にした基本要因としてシリコン熱酸化膜の存在があります.しかしながら,熱酸化膜もゲート絶縁膜として万能ではなくアルカリイオンやボロンなどの不純物に対する拡散阻止力が弱いことさらに電気的ストレスで劣化することが早くから調べられ,この先スケーリングで素子が微細化され,益々薄いゲート絶縁膜が必要になるとその信頼性が深刻な問題として表出することが予想されました(図1).シリコン熱酸化膜の膨大な研究の蓄積に加え、代替材料についてもいくつかの研究がなされましたが十分な性能のものは見つかっていませんでした.

 

   図1.微細化の進展とMOSゲート絶縁膜厚の推移


 シリコン熱酸化膜に替わりうる高信頼性のゲート絶縁膜を開発するにあたり,シリコン界面の欠陥を極力低減するためにシリコンとの直接反応で生成できることが不可欠と考え,またCVDシリコン窒化膜が緻密性に優れることが分かっていましたので,シリコン直接熱窒化膜に的を絞りました.Si-O-N系の平衡安定組成領域を調べてみると化学量論組成のSi3N4を得るためには残留酸素分圧を極めて低くしなければならず,自然界では安定組成として存在しません.当初は超高純度窒素ガスを用いて熱窒化を試みましたが,さらに反応を活性化するため,高純度アンモニアガスを採用し,酸素や水分を極力低減し,さらにそのプラズマ励起により発生したラジカルを活用することによって初めてウェーハ表面を均一に熱窒化することができるようになりました.ここに至るまでには活性なガスの精製,ウェーハ洗浄,搬送方法,素材等の周辺技術の検討が必須でした。それらのいくつかは熱窒化プロセス以外にも活用されています。そこで生成した膜は正確にはSi3N4でなく酸素が含まれるSiNXOY膜でしたが,界面準位は従来の熱酸化膜と同程度であり,不純物拡散阻止力,電気的ストレス耐性などは圧倒的に優れていることが分かり,ゲート絶縁膜として魅力的なものでした。早速,デバイスに応用しISSCCなどの学会にも発表しましたが,すぐに熱酸化膜の本格代替とはなりませんでした.熱窒化膜では熱酸化膜のように必要な膜厚を得ることができないことが最大の理由ですが,膜が緻密であるが故の結果です.応用を模索していたとき,DRAMキャパシタ電極の多結晶ポリSi表面を熱窒化することでDRAMの信頼性が2桁改善されることが確認されました.熱窒化プロセス用の製造装置も開発され,シリコン熱窒化がDRAM製造の有用技術として各社に本格的に採用されるようになったことは幸いでした.
 あるとき,シリコン熱酸化膜をマスクとして選択的に熱窒化すると,シリコン熱酸化膜がフッ酸に溶けなくなることに気が付きました.平衡熱力学的には窒化膜は酸化膜に変換しますが,1200℃の高温度でも酸化膜の窒化膜への変換は起こらないので表面窒化はにわかには信じられませんでしたが,解析すると明らかに窒化酸化膜に変換していました.酸化膜中の窒素の安定配置など,この現象は今でも完全には理解されていませんが,シリコン熱酸化膜ベースの窒化酸化膜として熱酸化膜を凌駕するさまざまな利点を持つことが確認できました.図2はMOSトランジスタの寿命について従来のシリコン熱酸化ゲート膜と比較した加速試験の例で,シリコン熱窒化酸化膜の採用によってホットキャリア注入寿命が約1桁改善されています.付随して発生した問題として,窒化に伴う低電界領域電子移動度の低下(高電界領域では反対に向上)や正の固定電荷の発生などもありましたが,窒素量を最適化することによってゲート絶縁膜として使えるレベルになりました.
0.25μm世代の一部のLSI製造から使われ始めましたが,シリコン酸化膜の窒化現象の発見から既に15年近く経っていました.90nm世代以降では窒化酸化ゲート絶縁膜がほぼ不可欠になり,65nmロジック製品では世界中で標準的に使われています.また,45nm以降ではHigh-k膜が採用され始めていますが,現在のところシリコン界面のバリア層が必須で窒化酸化膜が使われているようです.


 

   図2.ゲート絶縁膜の寿命加速試験の比較


 シリコン熱酸化膜の窒化は意図したものではなく,実験の過程で偶然見つかったものであり,まさに真実は実験室にある思いを強くしました.この一連の研究はかならずしも順調に進んだわけではなく,途中中断した時期もありました.しかし,他の研究テーマを扱いながらもいつも頭の隅で次の展開を期待していました.シリコン窒化酸化膜中の窒素量も当初考えた値よりはるかに少ない量で窒化効果が得られ,新しい製造装置が開発されるなどの進展がありましたが,CVDなどの堆積法ではない直接窒化という窒化膜生成プロセスがLSI製造に不可欠の技術として定着したことは,感慨深い思いがします.また,この研究を通じて国内外の多くの研究者と議論する機会を得て,多くの知己を得たことは何にも変えられないものと思っています.
 LSIは市場の拡大とともに,技術の高度化・多様化,投資の巨額化の課題に直面しており,これまでのように発展させることはきわめて厳しくなっています.しかし,新規な技術開発により新たな産業としての活路を見出す可能性があります.図3は1機能素子あたりの原子数を縦軸にとって,これまでに発表された色々なデバイスをプロットしたものです.シリコン原子の体積を10-29m-3と仮定し,それぞれのデバイスの体積を規格化しています.1904年にフレミングが作った2極真空管が1027原子,ショックレーらのポイントコンタクトトランジスタが1020原子,カーンが発表した最初のMOSトランジスタが1015原子,最近の40nmゲート長のMOSトランジスタが106原子となり,これを延長して、1機能を原子1個で実現することを限界とすれば,それは2040年頃になります.機能素子はあと30年くらい,少なくとも10年は進展する可能性が見えます.材料としてはシリコンに限らず,炭素系あるいは有機材料が本命になるかもしれませんが,いずれにしてもシリコンLSIの膨大な研究成果を活用することになります.原子レベルのプロセス制御が不可欠となり,消費電力の抑制は共通の課題です.
 これからの技術開発は環境を抜きにしては考えられないわけですが,LSIは環境配慮社会の中核技術であり,これからも経済の成長エンジンです.オープンイノベーションが進む中,その研究開発には戦略的な産学連携が不可欠になり,先導的な役目を負う大学研究所の役割が益々重要になります.

(一部はIEICE NEWS LETTER, Vol.147 (2012年1月)より抜粋)


 

   図3.1機能を構成するシリコン換算原子数の推移


(2012/2/20)



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