広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻

第100回 「コスモロジカル・ナノデバイス論」
 
黒木 伸一郎
准教授
ナノデバイス・バイオ融合科学研究所


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 半導体集積科学専攻の本コラム、今回で記念すべき100回とのこと。そんなわけで、あえて無理やり壮大な題目にしてみた。宇宙と半導体デバイスである。

それまで地球上での事象に限られていた科学的テーマを、太陽系、宇宙に展開して、理解しようとする試みは多い。例えば地質鉱物学では、今では太陽系形成論から議論されることも多いし、生物学でも宇宙生物学なる言葉も存在する。果たして半導体集積回路、もしくは広義のナノデバイスを宇宙的・宇宙論的観点からみるとどうみえるかという無理やり設定、設問である。

地球外に知的生物がいたとして、どんな科学・技術をもっているかを想像することは大変楽しいことだし、それが一般的な興味であることは、たくさんのサイエンス・フィクション小説がでていることからも確かなことだと思う。もし地球外に知的生物がいたとして、もし高度に科学技術が発達していて計算機も使っていて、どんなシステム、さらには論理デバイスを使っているだろうか。たとえば、映画のスターウォーズなんか観ていると、フォースとか、ミディ・クロリアンとか出てくるけど、あれって生物とウィルス的自己組織的・自己増殖的ナノデバイスの共生システムとネットワークシステム?とか勝手に夢想してしまう。映画なのでいろいろ考えると、無理はあるのだけど、超In vivoの、生物と超微細デバイスが一体化したシステムというのはありなのかもしれない。これから1000年後、1万年後と、更に電子デバイスが浸透した世界で、ミトコンドリアのごとく超微細デバイスを体に受入れ、利用共生するような世界はありなのかもしれない。

本題からそれたが、宇宙にナノデバイスを作製して利用する知的生物のいる惑星はどれくらい存在するだろうか。有名なドレイク方程式をもじった問いであるが、果たしてどのようなものであろう。その前に人類はどうかというと、2010年を過ぎてこの域まで達成したと思う。現在量産されている最小デバイスは20nm程度、ウィルスの5分の1程度の小ささ、それがON-OFFを繰り返し、1010110・・・と情報列をつくりだし、そんな超微細デバイス10億個ほどの集合体である集積回路、半導体チップを身に着け、なにげに使いこなしているのが地球上のわれらが人類である。

さて先ほどのドレイク方程式、銀河系内の交信可能な文明数Nを与える方程式として次のように与えている:
 N=R・fp・ne・fl・fi・fc・L

R=1年間に銀河系内で誕生する恒星の数
fp= 誕生した恒星が惑星をもつ確率
ne=惑星をもつ恒星1つについて生物が存在しうる惑星の数
fl=そのような惑星に生物が誕生する確率
fi=誕生した生命が知的生物にまで進化する確率
fc=知的生物が他の星に向かって交信を行う文明を形成する確率
L=そのような文明が交信のために使う年数

これをもじって、宇宙にナノデバイスを作製して利用する知的生物のいる惑星数Nnanoとして、つぎのようになりそうである:
 Nnano=R・fp・ne・fl・fi・fnano・Lnano

R=1年間に銀河系内で誕生する恒星の数
fp= 誕生した恒星が惑星をもつ確率
ne=惑星をもつ恒星1つについて生物が存在しうる惑星の数
fl=そのような惑星に生物が誕生する確率
fi=誕生した生命が知的生物にまで進化する確率
fnano=知的生物がナノデバイスを作製して利用する文明を形成する確率
Lnano=そのような文明がナノデバイスを作製して利用する年数

このNの定義は、どの時点での数なのか、同時という概念を明確にしておかなきゃならないし、各項目も定義が必要だけど、まあざっとこんなものだろう。数式としては大して面白くないけど、fnanoとLnanoが議論の焦点となりそうだということは分かる。

知的生物がナノデバイスを作製して利用する文明を形成する確率って、どんなものだろう。純粋に統計を考えると、宇宙で知的生物のいる惑星が他にもあるとして、例えばそんな惑星1000個をアンサンブルとして、そのうちどれくらいがナノデバイスを使いこなしているかを考えるということであるが、われわれはまだ他の惑星の知的生物を知らない。そんなわけで唯一のサンプルとしての地球で考察することになる。

人類が類人猿から現生人類の祖先に枝分かれしはじまたのは、おおよそ700万年前といわれている。それが形のよい石器を作り始めたのが5万年前、食料生産をしはじめたのが1万1千年前、文字の起源は5千年前くらい、どの時点で人類を知的生物になったというのは難しいが、オーダー的には1万年前としてもよさそうである。これに対して、われわれ人類が、量子力学を使いこなし、半導体デバイスも使いこなすようになって、50年超、ナノデバイスを量産レベルで使うようになり、数年。人類というサンプルだけでは、確率fnano=1ともとれるけど、知的生物が1万年程度継続して生存して、ようやくナノデバイスを使いこなすと考えると、この間に使わない・到達しないという選択肢も多数あったわけで、適切でないかなというところ。1万年前に人類というサンプルを複数セットして、はたして全てが同じ現在になっているかというと、そうではないだろう。

仮に歴史上の大きな出来事を、そのような分岐として、起きる/起こらないとして、そのような大きな出来事が100年に一度起こっているとして考えるとどうであろうか。例えばコロンブスがカリブ海諸島を発見していなかったら、もしくは航海にでられなかったら世界は今と同じものであろうか。100年に一度大きな分岐があったとして10000年後の世界の取りえる状態数は、2の(10000÷100)乗だから、2^100~10^30。そのうちのどれくらいが、ナノデバイスをもつ世界かわからないが、逆数ととってfnano~10^-30というとてつもなく低い確率で現在がある可能性もあるということである。(もちろんこの議論はナノデバイスに限定はされないものであるが。)

さて最後にLnano=文明がナノデバイスを作製して利用する年数。文明が継続する年数にも対応すると思うので、希望的にはできるだけ長く続いて欲しいものであるが、今まで1万年は知的生物として継続しているわけなので、同程度10000年としてもよいかもしれない。現在そのうち、数年~10年経過している。

ドレイク方程式の各パラメータは当初楽観的に(R, fp, ne, fl, fi, fc, L)=(10, 1, 1, 1, 1, 0.2, 10^8)として、N=2×10^8程度と見積もられていたらしいが、現在ではR=10, ne=1, それ以外のfは0.1程度とすることが多いようであるが、Lは議論さまざまのようである。仮に (R, fp, ne, fl, fi, fc, L)=(10, 0.1, 1, 0.1, 0.1, 0.1, 10^4)とすると、N=10である。さて肝心のNnanoであるが、低い確率でとってfnano~10^-30とすると、どうがんばってもNnano~ほとんどゼロである。どうも宇宙の中でナノデバイスを扱う人類は極めて希有な存在のようにみえる。

そんなわけでナノデバイスを使う知的生物は銀河宇宙には少なそうなので、最初の「もし地球外に知的生物がいたとして、もし高度に科学技術が発達していて計算機も使っていて、どんなシステム、さらには論理デバイスを使っているだろうか」という問いは、どちらかというとわたしたちに向けて「1000年後、1万年後の人類は、どのような計算機も使っていて、どんなシステム、さらには論理デバイスを使っているだろうか」という問い掛けがより具体的なのかもしれない。今日・明日のわれわれのちょっとした研究が、1000年、1万年後の人類の運命を大きく変えているかもしれないと思うと、ちょっと面白い。

さてコスモロジカル・ナノデバイス論。次回はより宇宙物理からアプローチをしてみたいと思います。気が向けば。

写真:M31周辺(1988年撮影、Nikon F2, Zoom Nikkor 200mm使用)

 

(2014/08/29)


 

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